島村英紀『夕刊フジ』 2015年11月20日(金曜)。5面。コラムその128 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

人の手によって生み出された想定外の地震
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「ガスの採取で生み出された想定外の地震 揺れるオランダ」

 生まれてから地震を感じたことがない人にとっては恐怖体験にちがいない。地震がなかったオランダで地震が起きはじめた。

 壁に長さ1メートルもの割れ目が開いて凍り付くような隙間風が吹きこんできたり、隙間から日の光が差し込むようになっている。

 オランダの最北部、ドイツ西部との国境に近いフローニンゲン州。北海に面している。

 ここは欧州最大のガス田があるところだ。国内のガス需要をまかなっているほか、ドイツ、フランス、ベルギー、イタリア、スイスなど各国に輸出している。

 このガス田からの収入は日本円にして1.5兆円を超える。これがなければ、オランダはギリシャなみに国家財政が赤字になってしまうと言われている。

 このガス田でガスの採取が始まったのは1964年だった。ガスの層は深さ約2,800メートルのところにある砂岩で、層の厚さは80 〜100メートルある。

 ところが、ガスを採取し始めてから、地震がまったくなかったオランダで、このガス田の近辺に地震が起き始めた。

 最初に気がついたのは1993年だった。以後、地震は増え続けて、2012年にはマグニチュード(M)3.6の地震が起きて多くの家屋に亀裂などの被害を生んだ。震源の深さがごく浅いためにMのわりに震度が大きくなったのだ。

 ガス生産量を年間500億立方メートル以上に倍増した2000年以降、地震の数はますます増えている。地震は2013年だけでも119回起きた。

 現在のペースでガス採取が続けば、今後1年間にM4.5以上の地震が発生する確率は50分の1あるといわれている。

 地震とガス採取の関係は明らかだった。このため、採掘をしているオランダ石油会社(NAM)は地元に日本円にして約120億円の補償金の支払いを申し出ている。なおNAMは石油業界大手の英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェルと米国エクソンモービルの合弁会社だ。

 この6月には、政府は今年の生産量は300億立方メートルに減少することを明らかにした。従来の目標394億立方メートルを大幅に下回る。

 オランダ政府にも地元も、不安を隠せない。

 ユーロ圏の経済危機に直面するオランダ政府にとってはこのガス田は生命線だ。おいそれと生産中止にはできない。

 一方、首都アムステルダムや政治の中心都市ハーグから遠く離れた地元にとっては「住民がこうむる被害は重要ではないのではないか」「国のために田舎は犠牲になれというのか」といった声が挙がっている。

 「図らずも人間が起こしてしまった地震」がまた起きてしまった。前にこの連載で書いたシェールガスに限らず、世界のあちこちで新たな火種になっているのである。

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