島村英紀『夕刊フジ』 2015年9月11日(金曜)。5面。コラムその119 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

噴火予測の困難さ見せつけた桜島
『夕刊フジ』ホームページでの題は「噴火予測の困難さ見せつけた桜島 ”35年の観測”も火山の歴史では短い」

 一月ほど前のことだ。鹿児島・桜島がいまにも大噴火しそうな発表だった。
 
 8月15日。気象庁は記者会見を開いて「噴火警戒レベル4の特別警報」を発表した。

 朝10時半からの記者会見だった。3時間前からの急変。発表する気象庁の課長の顔は引きつっていた。「朝7時頃から地震が多発、山体膨張を示す急激な地殻変動が観測されてその変化は一段と大きくなっている。規模の大きな噴火が発生する可能性が非常に高くなっている」という発表だった。

 噴火警戒レベルは2007年12月に運用が始まったもので、桜島ではレベル4への引き上げは初めてだった。レベル4は「避難準備」で「居住地域に重大な被害を及ぼす噴火」の可能性が高まっている場合に出される。

 桜島は2008年以降「昭和火口」で年に数百回以上という活発な噴火活動が続いている。1946年の噴火でできた「昭和火口」では、その後噴火が止まっていたが、2006年6月に半世紀ぶりに噴火活動を再開した。

 今年2015年には8月までに691回も噴火し、これは前年をすでに超えてしまっていた。

 2014年の一年間の年間噴火回数は656回、2013年の一年間は1097回、2012年も1107回、2011年は1355回というように、世界有数の噴火回数が続いている。

 しかしこの8月15日に観測した地震数も地殻変動も、いままでにない大きなものだった。

 「異変」からわずか3時間あまりで開かれた記者会見と噴火警戒レベルの引き上げ。これを受けて地元では住民の避難を開始。3地区に住む51世帯77人がとるものもとりあえず自宅を離れて避難所に収容された。

 だが・・。大噴火は起きなかったのだ。警戒レベルの発表から半月後の9月1日、警戒レベルは再び3に引き下げられ、住民たちは家に帰ることが許された。

 じつは地震の数は、初日以後は減り続けていた。しかし火山学者は「警戒を緩めてはいけない。噴火の前には地震が減ることもある」とテレビで述べていた。

 その「予測」に反して、地震の数は少なくなったが噴火は起きなかったのである。

 過去の噴火歴が少なくて経験がほとんどない富士山や箱根火山と違って、桜島も長野・群馬県境にある浅間山も、この百年間に数十回以上も噴火した。機械観測が始まってからの噴火も数多い。研究者も張り付いている。つまり、この二つの火山は噴火予知研究の「優等生」だったのだ。それでも、桜島では来るべき噴火を正確に予知することはできなかった。

 地元の火山学者にとっても、この「異変」は35年間の観測で初めてのものだった。

 たとえ「35年間の観測経験」があったとしても、地球や火山の歴史に比べれば、あまりに短いものなのだ。

 火山学者は、「経験」がひとつ蓄積されたとはいえ、無力感を味わっているのである。

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