島村英紀『夕刊フジ』 2015年5月15日(金曜)。5面。コラムその102 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

日本で最大の津波を起こした琉球海溝
『夕刊フジ』の公式ホームページでの題は「日本で最大津波”明和の大津波”を起こした琉球海溝」

 沖縄・石垣島には漁師がまちがって人魚を捕まえてしまったという伝説がある。

 その人魚を海に帰してあげたお礼に人魚から大津波が来ることを教えられた。信じる人たちは山に登って避難したが、信じない人たちは村に残り、村は津波に飲み込まれてしまった。

 この津波は1771年の「明和の大津波」。宮古・八重山の両列島で死者行方不明者が12000人以上にものぼった。

 東日本大震災が日本海溝に潜り込む太平洋プレートが起こしたのと同じように、こちらは琉球海溝から潜り込むフィリピン海プレートが大津波を起こしたのだ。津波の高さが100メートルにも達した日本史上最大の津波と言われてきた。

 石垣島の東海岸には途方もない大きさの石がいくつも転がっている。 大きなものは大型バス二台が並列駐車したくらいの岩で、重さは1000トンもある。上に大きな木が茂っている。

 これらの巨岩はサンゴが作った石灰岩である。かつての大津波が海底から持ってきたものだ。

 この巨岩がいつの津波で上がってきたものか、最近の研究で明らかになってきている。

 その手法は「堆積残留磁化(たいせきざんりゅうじか)」を利用するものだ。サンゴが石灰岩になったり、マリンスノーが海底に降り積もるときには、そのときの地球の南北を憶えている。その後の津波で転がって向きが変われば、回転した角度が分かる。海底から海岸に打ち上げられたときに回転しないことはまずないから、回転が分かることは、その岩が打ち上げられたことを意味しているのである。

 その後も微弱ながらその後の南北を憶えている。それゆえ再び大津波に襲われて転べば、その岩の磁化から何遍回転したかが分かる。

 一方、巨岩だけではなく、もっと小さな岩も打ち上げられた。小さい岩や砂は内陸まで運ばれる。それら大小の岩の分布から、津波の高さも正確に推定できるようになった。

 その結果によれば、1771年の津波の高さは、いままで知られていたよりも低く、約30メートルではなかったかということも分かった。しかし、それにしても大きな津波だった。

 これらの巨岩のうち、35トンほどの重さの岩は1771年の津波で回転したものだった。ところが200トンの岩は1771年の津波では動かず、もっと前の、約2000年前の大津波で回転したことが分かったのだ。

 つまり、大津波は過去何度も琉球海溝で起きて、もっと大きなものも襲ってきたことがあったのである。

 日本人が日本列島に住み着いたのはせいぜい1万年前。しかし、地震も津波もそのはるか前から起き続けてきている。

 研究が進むにつれて、いままで知られていなかった恐ろしい津波があったことが知られるようになっているのである。

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