『談論』(読売新聞・解説面)、2005年1月11日朝刊

防災知識の洗練必要(阪神大震災10年、地震学の立場から)

 阪神大震災が起きるまでは、「関西では大地震は起きない」とかなりの人が信じていた。政府はこれを誤解だと言うが、1970年代半ばに東海地震がクローズアップされ、政府の対策が東海地震にだけ強化された。結果として「日本でいちばん危ない地域が東海地方なのだと政府がお墨付きを与えた」と印象づけてしまった。

 阪神大震災直後、地震予知研究の元締めだった政府の地震予知推進本部が廃止され、地震調査研究推進本部ができた。しかし大学など各機関の研究組織はほとんど変わっていない。看板だけを掛け替えたのである。

 新本部は地震予知を表立ってはうたわず、活断層診断と確率予想の二つを目玉にしている。だが、活断層も確率予測も、地震予知に代わる柱にはなりえない。

 活断層は「過去に地震を起こした地震断層が地表に見えるもの」だ。つまり地震断層が少しでも深かったり、地表が堆積層や火山灰に覆われていれば「活断層はない」ことになる。

 新潟県中越地震は活断層がないところに起きてしまった。活断層のないところで多くの地震が起きる可能性は高い。過去たびたび江戸を襲って大被害を生み、再来が恐れられている東京直下型地震も活断層がないところで起きる地震だ。

 確率予測にも問題がある。阪神大震災発生前にこの地震を起こした野島断層で大地震が起こる確率がどれくらいだったかを見ると、30年以内に0.4〜8%だった。日本語の常識から言えば3年で80%ならともかく、このような低い確率をわざわざ発表することは、むしろ安全宣言だと解釈されても仕方あるまい。

 地震予知研究は複雑な軌跡をたどった。70年代までは、世界各国で地震に先立つ前兆が報告され、地下で地震が準備されていく肝心のプロセスが分からなくても、前兆を捕まえることで予知ができるのでは、というバラ色の夢があった。

 しかし、その後観測や研究を続けていくうちに、このバラ色は消えてしまった。

 天気予報のように、観測値を入れれば明日の天気が計算できるような方程式は、地震については見つかっていない。つまり科学的に地震を予知する根拠は、まだないのだ。

 阪神大震災のときに、私の知人の地震学者は、寝室の中にタンスも本棚も置かないようにしていたので命が助かった。ふだんからの防災の心がけが、多くの命や財産を救う。地震学者としては残念だが、東海地震も含めて、地震は不意打ちで襲ってくる可能性が高いことを考えていてほしい。

 では、地震学は無用か。そんなことはない。日本のどこにどんな地震が、なぜ起きるのか、そのときにそれぞれの場所がどのように揺れるのか、といった防災のために必要な知識をさらに洗練していくことが求められているのである。

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