『大地の不思議』 (静岡新聞・特集面「週刊地震新聞」) 2001年4月23日〔No.12〕

地球科学者の敵はタケノコ

 東海地震を研究している新妻信明先生(静岡大学理学部)には手ごわい敵がいる。今の季節からが戦いの本番なのである。

 その敵とは、孟宗竹だ。若竹になって伸びる前、つまりタケノコのうちに退治するのに先生は大わらわなのである。

 静岡大学は静岡市街から南東にある日本平へ向かって高くなっていく傾斜地にある。大学の構内にある小山の上から、静岡の市街地を越えた北側にある小山の山頂まで、レーザー光線を往復させて、その往復にかかる時間を精密に測っているのが先生の研究なのだ。

 十万年前、つまり地球の歴史を一日に例えれば、今から2秒前に生まれたばかりの海岸平野に日本平を隆起させたのは、東海地震の先祖たちだった。つまり、東海地震と同じような地震が繰り返すうちに、次第に日本平や有度(うど)丘陵が立ち上がってきたのである。一方で、いまの静岡駅の周りの土地は平らなまま残された。それゆえ、市街地と静岡大学が載っている丘との間には断層があって、その断層の両側が少しずつ、ずれていったに違いないと考えられている。

 先生は、この断層の先端が、滑り台のように斜めに地下深くに潜り込んでいて、その先端はフィリピン海プレートにまで達しているはずだという信念を持っている。そして、プレートの動き方が少しでも変わるたびに、この断層の動きが変わる、つまり、先生が測り続けているレーザー光線の往復時間が微妙に変わるはずだ、と考えてこの観測を続けている。

 先生によれば、フィリピン海プレートのあちこちで起きる地震が、観測結果に反映されているという。例えば台湾の大地震(1999年)や伊豆半島東方沖の群発地震(1998年)だ。先生の理論と結果をすべての学者が信じているわけではない。しかし、どんな成果が出るのか、東海地震が起きるとしたらその前後にはどんなデータが出るのか、注目を集めている研究なのである。

 話は最初に戻る。レーザー光線は昼夜出し続けていて、記録は自動的にパソコンに入る。ところが、大学の構内の小山には孟宗竹の林があって、これからの季節は一日に何メートルも伸びる。油断すると、あっという間に光線を遮ってしまうのだ。鉈(なた)を手に、敵を「殲(せん)滅」して歩くのが先生の大事な日課なのである。

(イラストは、イラストレーターの奈和浩子さんに描いていただいたものです)
【2008年9月追記】 新妻信明先生は静岡大学理学部を定年になり、現在は仙台在住の地質学者です。



しかし、この話には続編がある

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