アフリカの仮面

『テンポ「パスタイム」(『週刊新潮』、2004年12月23日号

   北極や南極のような人が住んでいない氷の世界で仕事をすることが多い私は、時に無性に人恋しくなることがある。最古の人類の末裔、アフリカの部族が大事な祭事に使う手製の木彫の仮面に惹かれるのもそのせいかもしれない。

 そんな木彫りの仮面に出会ったのは、十数年前、北極海からの帰途立ち寄ったパリの蚤の市でだった。アフリカ西部のマリの部族が使うという仮面は、木彫りとはいえ、表面を覆う薄い真鍮板は夥しい数のリベットで留められていた。頭部にはやはり真鍮の二本の角。デフォルメされた細面の男の顔は、驚くほど深い憂愁に満ちていて、ジャコメッティもかくやと思うほどの出来。引き寄せられるように私はそれを買った。

 硬くて黒い木を彫った精巧で気品のある象牙海岸の女性の面は、見る角度をわずかに変えることによって、すぐれた能面を思わせるほど表情が変わる。

 パリにあるピカソ美術館には、ピカソ本人が収集したアフリカの木彫があり、彼がそれらの作品に芸術のインスピレーションを受けていたことは間違いあるまい。収集品は「魂の詩(うた)」と題した私のホームページで公開しているが、西洋や東洋の美術が到達し得なかった高みに達しているものも多い。

 アフリカは地球上で珍しく、プレートが陸上で誕生しているところだが、大地溝帯では高い地熱が発生、大陸プレートが割れて、海のプレートが誕生しようとしている。人類が発生したことと何らかの関連があるのかもしれない。いまだ解けぬそのナゾの中に仮面はある。


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