黒田清氏(*)による書評(月刊『宝石』、1994年6月号)

『日本海の黙示録―「地球の新説」に挑む南極科学者』

島村英紀著・三五館。1800円。

 文明社会では、労働の大きい部分が人間から機械に移管される。特に肉体労働は未開の響きさえ持つのが現代だ。しかし、意外な分野にそれが残されている。たとえば、地球物理学者の働く場所は、静かな研究室ではなく肉体労働が必要な現場なのである。

 本書は南極を舞台にした地球物理学者たちの労働のノンフィクションである。

 地球物理学の分野でのトップランナーである著者は、これまでの地球物理学の理論では解けない日本海の謎に迫るのだが、その謎解きには、どうしても南極の海底地震実験が必要になる。日本海がなぜ誕生し、それがなぜいまの状態で成長が止まったのか。理論では解けない謎。学者は身体を動かしてその真理に迫る。南極半鳥の先端にあるブランズフィル海峡に海底地震計を設置し、人工地震を起こさせよう。作業は50度にも傾く船の上だ。そこには推理小説以上のサスペンスドラマが特ち受サている。

 科学、探検、カネ、男女の葛藤------。大陸が裂け、海底が動く大きな自然の中での国際調査隊の現場がこんなにドラマティックなものとは知らなかっだ,科学の現場はまさにノンフィクションの宝庫であり、著者はその迫力を見事に活写して、新しい科学ノンフィクションを確立した。

 同時に、本書は、国際調査が実現するまでの過程を描くことによって、日本という国がいかに基礎科学にカネを出し渋っているかという現実を教えてくれる。

*)黒田清氏は2000年7月23日、すい臓がんのため大阪府摂津市の病院で死去されました。享年69歳でした。ご冥福を祈ります。

吉羽和夫氏による書評(北海道新聞、東京新聞、西日本新聞、中日新聞など各地の新聞に掲載)

(北海道新聞は1994年4月10日、東京新聞、西日本新聞は1994年4月17日)

 日本列島の存在は日本海あってであり、日本海の成立過程を明らかにすることは、当然ながら日本人の生活と深いかかわりがある。だが日本海の生い立ちについては、まだナゾの部分が多くはっきりとはしていない。

 地球物理学者として、日本海の地下調査を対象の一つにする著者は、日本海のナゾ解きを日本海の反対側、ブランズフィル海峡に求める。そして、ポーランドの科学者などとの共同による、南極における世界初の海底地震観測によって、日本海の胎児、赤ちゃんが生まれようとする海底のありさまを、確かなものにとらえることに成功する。

 その経過をルポ風に展開するのが本書で、その場にいても感じとれないのではと思うほど、見事なまでに実験の情景が生き生きと写しだされ、感動的なドキュメントになっている。といってそれが、単なる記録の域にあるのではなく、文献として位置づけられる内容が背景にあり、質の高い読み物で評価される。どちらかといえば、海洋地球科学というなじみの薄い分野であるが、特異な用語なども少なく、中学生には読みこなせるであろう。

 書名とする『日本海の黙示録』は日本海の成立経緯を暗「黙」のうちに南極の海が表「示」すると解釈できる。 だが、ここでの黙示つまり啓示されているものは、単に日本海という枠内だけにあるのではなく、南極での実験研究の生情報をとおして、科学そして科学者、さらには科学研究のありようでもあるのだ。

 そこに一貫して流れているのは、副題で語りかける”南極科学者の哀愁”であるのかもしれない。でも私は、地球科学者、ひいては科学者ならではの心意気を強く感じたし、南極科学者の支柱にある、南極研究者だけがもてる喜び、そして楽しみを存分に読みとった。その反映なのであろうか、著者の人柄をほうふつさせるようなすがすがしい、実にさわやかな読後感に浸れたことを、あえて付記したい。

(三五館、1800円)

雑誌「クロワッサン」の書評

『クロワッサン 』 の書評「最近面白い本読みましたか」(1994年5月25日号)
『日本海の黙示録』島村英紀

 本を手にしたとき、非理科系人間は一瞬怯んでしまった。

 何しろ著者は国際的な地球物理学者、しかも”地球の新説に挑む”南極観測レポートというではないか。いかにも難しそう・・・。

 ところが予想は大ハズレ、これが大層面白い。はるか南極を舞台に、科学者たちの葛藤と哀愁を描く人間ドラマなのである。

 話は日本海から始まる。地球史45億年の中で、日本海の誕生は不思議な”事件”だった。地球の難問を次々と解いた新機軸な学説でも太刀打ちできないほど、そこには大きな謎が埋まっている。

 そして現在、西南極の海峡に同じような事件が起こりつつあるという。島村さん率いる日本の研究部隊は日本海の謎を解くカギを求めて、地球の反対側を目指す。

 苛酷な自然を相手に、島村さんたちの命がけのフィールドワークが始まるのだが。

 科学あり探検あり、人情あり笑いありミステリーありどんでん返しあり。スリルと興奮に満ちた壮大な冒険ドラマが展開される。

 基地での生活、観測船の食事など科学者の舞台裏を語るエピソードも、盛りだくさん。

 さらには南極という人類の財産をどう守っていくか、地球環境問題にも一石を投じている。科学の苦手な人にあえておすすめの一冊。

この本『日本海の黙示録―「地球の新説」に挑む南極科学者』の目次

プロローグ 日本海と南極を結ぶ糸
第1章 南極以前のテーマ
第2章 遠い遥かな目的地
第3章 ポーランドのこころ
第4章 南極の地下構造
第5章 実験と天候
第6章 辺境の学者たち
第7章 実験の行方
第8章 人間と目的
第9章 地球最南端の町で
エピローグ 新発見、そしてある仮説



インターネットの書評界で有名な道田先生による書評(2001年5月)
本書で描かれているのは「科学」や「南極」だけではない。研究者の苦労が描かれ,そこから透けて見えるその国の事情が描かれ,地球物理学的データを得る過程が描かれ,人間が描かれている」

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