今月の写真
「大学の生き残り」について・その2「駅前広告編」

夕方、札幌駅の西口を出たばかりのところで、ふと見上げると、大学のネオンがあった。私が札幌で暮らしていた2004年までにはなかったものだ。

いや、ネオンと言ってはいけないかも知れない。しかし、緑、青、赤、白の鮮やかな光のサインは、どう見てもネオンの仲間である。いまや、大学は宣伝をしないと学生を集められない時代になった。全国あちこちの駅前の巨大な広告はサラ金やビール会社に占拠されてしまったが、そのうち、大学も負けず劣らず派手な広告を出す時代が近づいているのにちがいない。

こうなると、盛り場でチラシを配ったり、若者の袖を引くまでは、紙一重なのかもしれない。

以前、この「今月の写真」で「大学の生き残り
」について書いたことがある。少子化で「過当競争」にさらされている大学がラベンダー畑を作って「客」集めを図っていることだった。札幌市のはずれにある東海大学である。

私が学生だった1960年代のはじめは、大学進学率はたった10%ほどだったのが、2007年の統計では同世代の53%を超える進学率になっている。この数字はフランスやドイツの4割ほどに比べると、ずっと高い。

大学の定員が拡がったままの一方で、少子化と景気の低迷。学生が少しでも来やすくするために、学費を下げたり、学生がアルバイトをしやすいように、一時は東京郊外に移って広いキャンパスを謳っていた都内の大学が「都心回帰」を図るなど、大学の生き残りは熾烈になっている。東京で言えば、山手線の中に踏みとどまったT大学は受験業界での大学のランクが上がったと喜んでいるし、八王子の先に転居したK大学は、都心に残った大学のまわりのビルを買いあさって八王子キャンパスを閉鎖した。

東京の地下鉄(半蔵門線、東急田園都市線、東武伊勢崎線)の広告には「八王子に通わなくてもC大学法学部を卒業する!」というのがある。C大学は、かつて自ら選んで八王子に行ったというのに、八王子もバカにされたものだ。

しかし地方にある大学は、「都心回帰」ができるわけではない。そこで、この写真のような、地方の中心都市の駅前に「サテライトオフィス」と派手な電飾の花盛り、という光景が出現しているのである。ここは札幌駅の西口のすぐ前のビル。緑の「小樽商大」や白の「北海道教育大」は国立大学だ。小樽商大は小樽からさらに山へ登ったところにあり、また、北海道教育大は1987年に、市内からはるか北の郊外に移転して、ともに札幌市内からは遠い。青と赤の
「札幌大学」は、市内中心部からかなり離れたところにある私立大学である。

(2013年11月記。デジカメでRAWで撮って、シフトレンズで撮ったようなデジタル補正を施した)。


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「大学の生き残りについて:その5」


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