地球物理学者と読む宮沢賢治(総論)

 宮沢賢治(1896-1933)は、岩手県花巻(現花巻市)に生まれ、一生のほとんどを岩手県ですごした。盛岡高等農林農学科を卒業後、稗貫農学校の教諭を勤めながら、詩や童話を書いた。

 やがて、農学校を退職し、自らも開墾生活をしながら羅須地人協会を創設して、稲作指導をしたり、農民芸術の必要性を説いてまわった。

 関係方面への懸命の働きかけも空しく、生前に印刷・刊行された著作は少なかったが、死後、多くが発表されて有名になった。

 また、その作品には驚くほど多くの推敲を重ねたことでも有名である。しかも、一瞬にして旧稿が消えてしまう現代のワープロと違って、時代によってインクの色や筆記具が違う後からの加筆・訂正や、ときにはハサミと糊でつぎはぎした原稿が残っているので、どのように推敲していったかの課程がわかる。それゆえ、後年の研究者の解明が盛んで、推敲の過程が明らかになっている。

 よく知られているように、賢治の童話や詩の多くに、地球や星や宇宙についての題材が採られ、また、多くの作品に、当時としては、驚くほど博学な地球科学の知識が反映されている。

 たとえば、岩手県水沢にあった緯度観測所(註1)に勤めていて、Z項という地球の回転の乱れに関係する重要な係数を発見した木村栄博士が、観測所のテニスコートでテニスをしている描写がある(『風野又三郎・初稿』)。また、大気の流れが赤道から北極まで各地で風を吹かせながら旅をする、今の言い方で言えば大気大循環の描写もなまなましい。

 なお『風野又三郎・初稿』は、よく知られている後期の稿『風の又三郎』とは違う。後期の『風の又三郎』からは、なぜか、これらの部分は削除されていて、既存の作品のつぎはぎになっている。私は『風野又三郎・初稿』のほうを気に入っている。

 ここでは、「賢治の作品に描かれた地球科学」について、例を見ていこう。最初の例は「岩頸(がんけい)」。難しい名前だが、写真を見れば、この不思議なものが、なるほど、賢治の創作意欲を刺激したのだろうということが分かっていただけるだろう。

もちろん、賢治は、この写真にある南極の岩頸は見たことがない。しかし、これほど見事な岩頸ではなくても、作家としての想像力は、十分に刺激されたのであろう。

【賢治が描いた火山】

 また、火山の噴火も生々しく描写されている。当時は、たびたび冷害に襲われて作物の不作から飢えが重大な問題だった東北地方では、降り積もった火山灰による被害も深刻だった。それゆえ、火山噴火は、農民にとって、現在とは違ってはるかに深刻な関心を持つ事件だった。

 また『グスコーブドリの伝記』(初稿・最終稿)と『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』には、子どものころ噴火に悩まされたグスコーブドリやネネムの描写がある。

また『グスコーブドリの伝記』には、グスコーブドリが長じて火山技師になり、自らの身を犠牲にして、火山の噴火を制御して地元を救う感動的なクライマックスも描かれている。

 ところで、岩手県には活動的な活火山はない。日本にある活火山は108あるとされているが、そのうち、岩手県にあるのは岩手山だけで、あとの八幡平(これも活火山である)と秋田駒ヶ岳は、いずれも岩手県の端、つまり秋田県境や青森県境にある。

 この三つの山とも、活火山としての活動度は低く、気象庁が認定した火山の危険度のABC三段階のうちのBとCにしかすぎない。

 また、噴火歴としても、岩手山(いわてさん、南部富士とも言われる、標高2038メートル)は1719年の噴火以来、噴火が記録されていないし、八幡平(はちまんたい、標高1613メートル)は、有史時代に噴火した記録がない。

 駒ヶ岳(こまがたけ、秋田駒ヶ岳として知られる、標高1637メートル)だけは1890年から91年にかけてと、1932年、それに賢治の没後の1970年から71年にかけて、比較的小規模の噴火をしたことがあるが、大きな被害はなかった。

 もちろん、賢治は、噴火のありさまやその被害には関心があり、岩手県以外の火山についてよく知っていたことは確かだが、賢治自身は、大きな火山噴火を経験したことがなかったはずである。

【賢治が描かなかった地震】

 他方、私にとって不思議なこともある。過去たびたび大地震の被害を受けてきた岩手県だが、その大地震や津波のありさまについては、賢治はなにも描いていない。岩手県にとっては、火山による被害よりは、地震による被害の方が、はるかに大きく、また多かった。

 火山性地震については『グスコーブドリの伝記』(初稿・最終稿)や『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』などに描かれている。局地的には被害を生む程度の地震である。しかし地震としてのがらの大きさから言えば、岩手県沖で起きるマグニチュード8クラスの巨大地震と比べれば、エネルギー的には1/1000以下の地震である。

 賢治が大地震についてほとんど描いていないのは、もしかしたら、賢治の生年と没年に関係があるのかもしれない。賢治は、東北地方に大被害をもたらした二つの大地震のうち、最初の大地震のときは乳飲み子で、次の大地震の半年後に生涯を終えたのであった。つまり、二つの巨大地震の谷間で、短い生涯を終えたのである。

 最初の大地震は1896年6月15日に起きた。「三陸地震津波」という地震としては奇妙な名前が付けられている。賢治が生まれたのは1896年8月27日だ ったから、生まれる2ヶ月前のときであった。


 この地震については私は、『ポケット図解 最新 地震がよ〜くわかる本』(秀和システム、2005年発行)に、次のように書いた。

 1896年、三陸海岸一帯を日本の歴史上、最大の大津波が襲い、死者22000を超える大惨事になりました。死者は岩手県の18000人を最高に宮城県で3500人、青森県でも300人の死者を出しました。津波の高さは最大で24メートルにも達し、家の流出は9000、船の被害は7000にもなりました。この日は旧暦では端午の節句の日、いまの子供の日で、お祝いに興じていた人々を悲劇が襲ったのでした。

 でも、この地震は奇妙な地震でした。マグニチュードは6.8しかなく、地震の揺れによる被害はほとんどなかったわりには、もっとはるかに大きな地震なみの巨大な津波を生んだからです。揺れから見て大した地震ではない、と油断していた太平洋岸の町や村に大津波が襲ったことが、この地震の被害を大きくした原因でした。津波は太平洋を越えて、はるかハワイでも2〜9メートルの大津波になり、米国西岸にも津波が達したほどです。

 この地震は「明治三陸津波地震」、あるいは「明治三陸地震」といわれていますが、また「三陸地震津波」という地震としては不思議な名前で呼ばれることもあります。これは津波だけが大きかった地震ゆえの命名です。つまりこの地震は、地震のがらのわりには、はるかに大きな津波を生んだ特別の地震だったのです。

 津波の大きさから「津波マグニチュード」というマグニチュードを計算することが出来ます。それによれば、この地震の津波マグニチュードは8.6でした。つまり地震の大きさから予想されるよりも約500倍も大きな津波を生んだことになります。これが日本史上最大の津波被害を生んだ元凶でした。

 地震は昔のものなのに、最近に至るまで、この地震の正体は分からないままでした。しかし、その後同じような地震がいくつか記録されるようになって、にわかに注目を浴びるようになったのです。この種の地震に名前も付きました。これらの地震は「津波地震」と言われるようになったのです。

 地震のときには賢治は生まれる直前だったといっても、これだけの大災害だから、その後、詳しく見聞きして知っていたはずだ。賢治がなにも書き残していなかったのは、私にはかなり不思議なことに思える。

 もう一つの地震は1933年6月15日に起きた「三陸地震」である。プレートを断ち切る巨大地震だった。賢治が没したのは同年の9月21日で、死の直前であっただけではなく、その前、賢治は肺炎でずっと病床にあったから、十分な情報を得ていたかとは思えない。

 この地震については、私は『ポケット図解 最新 地震がよ〜くわかる本』(秀和システム、2005年発行)に、次のように書いた。

 この地震は三陸沖地震です。1933年3月3日の雛祭りの日に起きました。起きた場所は日本海溝の北部で、1968年の十勝沖地震のすぐ南隣です。マグニチュードは8.3でした。

 この地震はプレート境界の震源断層が滑るタイプの地震ではない、珍しい地震だったのです。それは、海洋プレートと大陸プレートが押し合っているあいだに、海洋プレートが割れてしまった地震なのです。

 三陸沖地震は、ほかのプレート境界に起きる大地震とはちがって、震源が海溝からかなり東側にはみ出しています。このため震源が日本から遠く、幸いにして地震の揺れによる被害はありませんでした。

 しかし、大きな津波が日本を襲いました。死者は3000人、流れた家は5000軒、浸水した家は4000軒、流された船も7000隻にもなったのです。津波の高さは岩手県綾里(りょうり)では25メートルにも達したほか、岩手県田老村(たろう。いまの宮古市田老)でも10メートル、被害は北海道の太平洋側から三陸海岸にかけての海岸線400キロ以上にも及びました。なかでも田老では、全人口1800人のうち760人あまりが犠牲になる大惨事になってしまいました。

 1933年の地震は、このように被害が津波だけの地震でしたので、この地震のことを三陸地震津波と呼ぶこともあります。また昭和三陸津波地震とか昭和三陸地震という名前もあります。

 この三陸沖地震の震源で起きたことは、プレート境界が滑る巨大地震とはちがっていました。日本海溝の下で、太平洋プレートを断ち切るように断層が動いたのです。つまり、潜り込んでいくプレートが変形に耐えかねて、プレートそのものが割れてしまった大地震だったのです。これは非常に珍しい地震でした。

 また、15万人という空前の死者行方不明者を生んでしまった関東大震災(1923年9月1日)は賢治27歳のときだった。この地震の被害について幾分の言及がある(註2)ほか、 被災者への見舞い状の賢治の下書は残されている(賢治の研究家で、「賢治の事務所」というホームページを開設しておられる加倉井厚夫(かくらい あつお)さんによる)。しかし、賢治の作品に、大地震が登場したことはなかった。

 こういった大地震とその被害について、地球で起きる事件について、あれほどの関心があった賢治がなにも書き残していないのは、たいへん不思議なことである。

 あるいは、火山のように地下のマグマが起こすことが当時すでにわかっていた事件と違って、地震のように、起きるメカニズムが不明だったものは、賢治にとって扱いにくいテーマだったのだろうか。

 当時はプレートが地震を起こす、ということはまだ到底、知られておらず、プレートというものも、そもそも知られていなかった。

 地震は地下にある穴が陥没して発生する、という「陥没説」とか、地下のマグマが爆発して起きるといった、あてにならない学説しかなかったし、地下に住む巨大ナマズが起こすといった民間伝承も、言い伝えられていた時代であった。

 賢治としても、火山のように地下のマグマが噴出して噴火が起きる、といった、いわば当時最新の知識で「わかっている」事象以外は、童話や詩といった表現を採る賢治の作風では、描きようがなかった、というのが実状であろう。

註1) 緯度観測所は、いまは国立天文台の一部に併合されている。

註2) 上記、
加倉井厚夫さんに教えていただいたところによれば、

賢治の唯一の生前に出版された詩集『春と修羅』第一集に収録してある「宗教風の恋」では、

 
東京の避難者たちは半分脳膜炎になつて
  いまでもまいにち遁げて来るのに
  どうしておまへはそんな医される筈のないかなしみを
  わざとあかるいそらからとるか
  いまはもうさうしてゐるときでない

 その他、「〔昴〕」という作品では、

 東京はいま生きるか死ぬかの堺なのだ

と書かれている。これらは関東大震災の状況を踏まえた描写とされている。作品の日付は両方とも1923年9月16日で、関東大震災から15日後だった。

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