誰が鳩(ハト)を迷わせた?

 いまのようにインターネットやファックスが発達する前は、伝書鳩(ハト)は重要な通信手段だった。小さく巻いた写真や図面を足に付けた伝書鳩は世界のニュースを伝えていた。

 昔から伝書鳩のレースが行われてきている。元来は実用の道具だった馬も自動車も競争の道具にしてしまった人類のことだから、鳩も恰好の道具として選ばれたのであろう。

 ところが、このレースが悲惨な結果に終わることがある。選ばれてレースに出るほどの方向感覚が優秀なはずの鳩が道に迷ってしまうことがあるのだ。

 1988年6月に、フランスから英国へ向けて行われた国際レースはとりわけ悲惨だった。5000羽の鳩が放たれたが、2日後のレース終了までにゴールに到着した鳩は20羽に1羽にしかすぎなかった。ほとんど全滅だったのである。

 鳩のレースの主催者は、事前に地球物理学者に訊くべきであったのだ。その日はたまたま大規模な磁気嵐(じきあらし)の日だったからである。

 磁気嵐とは、太陽から飛び出した強い電気を持った素粒子が、磁石としての地球に大きな影響を与えて、地球の磁石の性質が一時的に変わってしまう現象だ。大規模なものは数年に一度ほどだが、小規模なものは年に何度もある。

 鳩をはじめ渡り鳥は地球の磁石を感じながら飛んでいる。つまり磁気コンパスを見ながらオリエンテーリングをしているのである。その肝心の磁気コンパスが使えない日に、くだんの鳩レースが行われてしまったというわけであった。

 イルカが岸に上がって死ぬことがときどきある。このときは磁気嵐のことが多いという学会報告もある。

 コマドリ、鮭、カタツムリも磁場を感じているという研究がある。磁場を感じる哺乳動物としては、イルカが最初に見つかった。

 さて、おなじ動物である人類にも磁気嵐や磁気は、なにかの影響を及ぼしてはいないのだろうか。研究では磁気嵐のときには心臓発作や脳卒中が多いともいう。また「生物と電気・磁気」という国際的な研究組織もある。

 頭のすぐ脇で電波を出し続ける携帯電話や、日本中に張り巡らされた送電線も、比較的強い磁場を作っている。これらが「生物」の自然のリズムを狂わせないのだろうか。

 地球物理学者としてはいささか心配なことである。

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