『花時計』(読売新聞・道内社会面)、1994年8月18日夕刊〔No.31〕

地質学者の驚愕


 頑健な身体。厚い胸。地質学者のT先生はいかにもフィールドの科学者らしい身体つきをしている。

 毎年夏休みになると、学生を連れて地質巡検の実習に出かけるのが恒例の行事になっている。山に分け入り、崖をよじ登ったフィールドを訪れて実際に地層や岩石を見ることが大事なのが地質学なのである。ある意味では巡検は、教科書よりも講義よりも重要なものだ。実習はまた、大学院で科学者のタマゴになるための訓練にもなっている。

 最近の統計によれば、大学では全国的に女子学生がジリジリ増え続けて、男子学生を追い出しつつある。男子が同世代人口の38%しか入学していないのに、女子は43%にもなっているのである。

 地質学も例外ではない。年々、女子学生が増え続けて、今年の実習にはT先生は7人もの女子学生を連れていくことになった。前代未聞の人数である。

 しかしT先生を驚かせたのは人数だけではなかった。ある女子学生は実習の前にT先生を訪れて、こう質問したのである。

 「先生、巡検先の現場ではどんなものを食べられるのでしょうか。私は一日に1600キロカロリーのものしか食べられないし、野菜は一日700グラムほどを食べなければいけないのです。」

 彼女は一生懸命、ダイエットをしている最中だったのである。

 T先生は鳩が豆を食らったような顔をしたに違いない。

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