『花時計』(読売新聞・道内社会面)、1993年2月1日夕刊〔No.14〕

ブタ印のメニュー

 北大の食堂にも、町の食堂のように食べ物のサンプルがある。このサンプルは日本人の大発明だ。私が知る限り世界のどこにも、これほど便利で、外国人にも親切な案内はない。

 たとえばフランスのレストランは、入り口の外の壁にメニューと値段を張り出しておく義務がある。

 しかしフランス語が読めなければ役立たない。いや、読めるだけでは不十分だ。石狩鍋、三平汁、とは読めても、それが何かを知らなければ、メニューを理解したことにはならないのだ。これに比べて、日本のサンプルはなんと進歩しているのであろう。石狩鍋を知らなくても、サンプルさえ見れば、料理の内容や味まで、想像がつくのである。

 じつは北大の食堂のサンプルは、町のとは違う。サンプルに札が着いていて、それに動物の姿をしたゴム印が押してあるのだ。ブタ、ニワトリ、ウシといったものだ。

 お分かりだろうか。これは北大に学ぶ外国人のための標識なのである。

 最近とくに増えてきたのが、アジアから中近東にかけての国々の学生だ。彼らは宗教によって、食べられる肉と、食べてはいけない肉とを峻別する。知らないで食べてしまった、では許されないのである。

 国際化の時代。いまに日本中の食堂のサンプルにゴム印の動物マークが着くようになるに違いない。

 それにしても、うまいものが何でも食える日本人に生まれたのは幸せなことであった

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