『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、 2004年6月7日夕刊 〔No.314〕

地球物理学者の世情観察

 茨城県つくば市一帯に80ミリ以上の大雨が降ったとき、地面が1ミリから4ミリほど隆起することが分かった。

 火山が噴火する前や大地震の前には地面が膨らむことがある。地球物理学者は緊張した。

 しかし不思議なことに、この現象は、大雨が5月から8月の間に降ったときだけしか起きていなかった。

 季節によって雨のしみこみ方が違うのだろうか。それとも、地震予知とも噴火予知とも関係のない、地球の公転や太陽高度に関係する大発見なのだろうか。

 季節は巡り、翌年も同じ現象が繰り返されて、謎は深まるばかりだった。

 謎を解いたのは土地改良区の通達だった。土地改良区は水田を灌漑するために地下水をポンプで汲み上げている組織だ。

 土地改良区はポンプの管理人に「無駄水削減のため大雨時や大雨が予想される場合にはポンプ停止」という指示していたのだ。

 ふだんは、降った雨はゆっくり、深いところまでしみ込んでいって地下水になる。その地下水をポンプでいつも汲み上げていることによって、地下水の溜まり方と汲み上げのバランスがとれている。

 ところが地下水の汲み上げをストップしたら、このバランスが崩れて、一時的に地下水の圧力が高まる。これが地面の膨らみになっていたのであった。

 なるほど、もともと稲作のための揚水だから、5月から9月までの5ヶ月間だけしかポンプを動かさない。それ以外の季節では、地下水はゆっくり溜まり、ゆっくり流れ去る。地下水の圧力が突然高まることはない。

 地面の上がり下がりを観測していても、雨の降り具合や世情が見えるのである。

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