『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2003年1月29日夕刊〔No.299〕

地球物理学者の学問

 魚眼図の執筆者には大学の先生が多い。先生の名前とともに、学問の名前が書いてあるのが普通だ。

 この学問の名前が、その先生が所属する学科の名前だったり、参加する学会の名前ならば、話は簡単だ。

 しかし私たちの学問は、はるかに複雑なのである。

 たとえば地球物理学会という学会はない。北大にも東大にも、地球物理学科という学科さえないのである。

 昔は簡単だった。地球物理学科があり、兄弟分の学問の地質学科があった。しかし、その二つが併合されて地球惑星科学科になった。

 だが地球惑星科学会という学会もない。惑星科学会ならあるが、これは地球以外の惑星を研究している学者だけの小さな学会だ。学科のほとんどの先生たちは、相変わらず、地質学会や地震学会や気象学会や陸水学会や岩石鉱物学会に出席しつづけているのである。

 つまり学問としては地球物理学も地質学もあるのだが、所属する部門や講座の名前としては消えてしまった。そして、地球物理学の中がさらに分かれて、地震学や海洋学や気象学や火山学がある、という仕組みになっているのだ。

 ことがらをさらに複雑にしているのは地球科学という言い方だ。これは地球物理学も地質学も含んだ地球に関する学問の名前なのだが、あまりに学問の間口が広すぎる。総称としては使われても、地球科学会という学会はない。

 さて、おわかりになっただろうか。多分、なにがなんだか理解できなかったに違いない。

 学問の相手が地球というもの言わぬ対象だからよかった。これが医学だったら、患者からも世間からも非難ごうごうだったに違いない。

【注:北海道新聞文化面の「魚眼図」コラムには、文章の最後に執筆者と学問の名前が書いてあります。島村の場合は「島村英紀・北大教授=地球物理学」と書いてあります】

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