『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2001年10月9日夕刊〔No.285〕

地球物理学者の心痛

 私たち地球物理学者には、「自然地震」という言い方がある。世界各地にある地震観測所では地震計が常時動いているのだが、その記録の中で地下核爆発や地震探査による「人工地震」と区別するため、普通の自然現象として起きる地震に対して使われる言葉だ。

 米国ニューヨークの世界貿易センタービル2棟にジェット旅客機が突っ込んだとき、そして、それらのビルが崩壊したときの地震記録を米国コロンビア大学が公開した。現場の30キロほど北に、同大学が持つ地震観測所がある。

 それぞれのマグニチュード(M)も計算されている。最大のものが第2ビルの崩壊でM2.3、第1ビル崩壊は2.1。ジェット機の衝突そのものはM0.9 と 0.7。隣の第7ビルの崩壊はM0.6 であった。いずれも地震の大きさとしてはごく小さいものだが「自然地震」とは全く違う波形だ。

 その記録には、震源地は北緯40度71分、西経34度01分、震動継続時間は・・といった数字が添えられている。この無機質な記録と数字の陰で何千もの人が死んでいったのである。

 これで米国が報復のためのミサイルをアフガニスタン近辺に撃ち込んだら、その近くの地震計に同じような記録がされるだろう。中央アジアは地震が多く、地震観測網も比較的整っているところだ。そしてまた、多くの庶民が犠牲になるに違いない。

 地震計はそんなことを記録するために設置してあるのではない、こんな記録は見たくない、と私たち地球物理学者は心を痛めているのである。

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