『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2000年5月10日夕刊〔No.270〕

ある欠測

 最初にお断りしておくが、この文章はだれをもなじるものではない。

 有珠火山噴火以来、多くの方が不自由な避難所暮らしを強いられている。避難所は安全で火山からあまり遠くない場所にある。一方、火山を観測する私たちや各機関も同じ条件で臨時の観測点を置いた。つまり、時として避難所に観測機器も同居することになる。

 避難所になっているある小学校では小さな教室を北大と国土地理院が借りた。教室の隅に置いた大型のテレビほどの地理院の機械の上に、小さいテレビくらいの北大の機械がある。

 避難所には医師や看護婦も訪れる。その教室が看護婦の控室にならなければ、事件は起きなかっただろう。

 ある看護婦さんがヘアドライヤーを使おうとした。壁のコンセントはすべてパソコンや機械が占め、たまたま見つけたのが、私たちの機械の後ろにあったテーブルタップだった。

 機械のためには、雷を受けても壊れないような特殊な電源安定器を必要とする。その電圧の出口だ。しかし見かけは、ごく普通のテーブルタップだった。

 ドライヤーが必要とする電流はその電源の容量をはるかに超え、安全器が働いて機械が停止してしまった。

 看護婦さんは最善を尽くした。機械音が止まったのに気づいた看護婦さんは、表示を頼りにただちに国土地理院に連絡し、係員が駆けつけた。

 しかし国土地理院の機械は異常がないので、何もしないで帰った。停止した私たちの機械には、ごく小さな名札しかなく、気づいてもらえなかったのである。

 私たちが異常に気づいたのは、この機械から人工衛星経由で北大に伝送されるデータが来なくなったからだ。技官が現場へ行き、機械は直った。この間、噴火もなく、大きな支障がなかったのは幸いだった。

 予想もしなかった事件だが、決して誰かを非難しているつもりはない。もし落ち度があるとすれば、私たち自身にちがいない。

(掲載した文章に一部加筆しました)

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