教室ではおしえない 地球のはなし』書評
岡部昭彦(中央公論社の科学雑誌『自然』元編集長)
共同通信から全国の新聞に配信(たとえば信濃毎日新聞は1991年12月22日)

面白い”ベルヌ現代版”


 「地球環境」が合いことばのようになっても、地球本体についてのわれわれの知識はこころもとない。

 本書は科学分野の名前でいえば「地球物理学」の本である。今年流行の宇宙論やアインシュタインのブームに比べれば、一見地味にしか映らないかもしれない。しかし、それは浅薄な理解で、地球物理学はいま大変革の渦中にあり、こんなに面白い科学はざらには見当たらない。このことは、本書を読めばすぐにわかるだろう。

 地球は硬い岩が詰まった球ではなく、その岩が水アメのようにねばっこく動く柔らかな世界である、との意外な話から始まる。そして、豆腐にのせたパチンコ球のように中心へと沈んでいく地球探検船で地球のお腹を奥深くまで探る。このジューヌ・ベルヌの現代版は巧みで、わくわくしながら乗せられてしまう。

 地球の中ではお椀の熱い味噌汁のように、岩の対流がゆっくりと動き回っており、陸地よりも広い海がじつは主役であった。見えない深い海底では重大事件が起こっているのだ。著者はこれをキャッチする海底地震学者であるから、地球を語るのに最適の学者ということになる。

 海底では巨大な岩のプレートがゆったりと移動し、それが地震や火山噴火を引き起こすこともわかった。日本はこの二つの元凶の上に成り立っているのだからたまったものではない。著者が4000メートル深くにまで潜って接近した数少ない学者であるのも心強い。

 フランスの深海潜水艇「ノーティール号」でのめずらしい実見談がちりばめられて、核心をなす海底地震計の話へと移る。これこそが著者の専門であり、自ら開発した地球を診断する有力な道具は”愛機”そのものであった。これを作る苦心談は前著『地球の腹と胸の内――地震研究の最前線と冒険譚』でも語られているが、本書では世界の海底に設置されたその海底地震計が大いに活躍する。

 従来の地球物理学の本はでき上がった完成品の解説であったのに対し、本書ではそれがいかにしてできたのか、というプロセスが生き生きと語られて興味深い。それに研究者の心境や現場の雰囲気のドキュメントが生彩をあたえる。

 地球だけに存在する空気と水の誕生は、地球の歴史の上でたった一回きりのことであったと強調。それを人類が汚せばもう元へはもどらないことを訴える。

 地球物理学者自身の筆はきわめて説得力に富む。多勢の地球物理学者にも、地球環境の危機をもっともっと論じてもらいたい。

(講談社ブルーバックス・780円)

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